砂村栄力著、文春新書、2024年8月刊 著者は、1982年東京生まれの昆虫学者、同写真作家です。東京大学大学院で外来種アルゼンチンアリの生態および駆除策を研究して博士。東京大学総長賞を受賞しました。その後、住友化学研究所で駆除剤を開発し、現在は森林総合研究所研究員で。林野庁に出向しています。日本自然科学写真協会会員。東京大学非常勤講師(昆虫系統分類学)。共著に「アリの社会(小さな虫の大きな知恵)」(東海大学出版部)、「アルゼンチンアリ:史上最強の侵略的外来種」(東京大学出版会)などがあり、本書は初の単著です。
アリといえば、古くから知的な社会生活を営む、働き者というイメージがありました。しかし、ここ数年でその印象は大きく変わってきました。海外からの「外来種」の被害が目立ってきたからです。2017年に神戸港で発見された、殺人アリともいわれるヒアリに、2022年には伊丹空港敷地内で、アルゼンチンアリが発見され、近隣の家屋に浸入して、電気設備に被害が出たことが話題になりました。外来アリは悪質の害虫だったのです。
とくにアルゼンチンアリは、南米原産で、数千kmにも及ぶ規模の、世界最大のスーパーコロニーをつくる社会性昆虫です。すでに世界互大陸にあまねく侵入し、最悪の侵略的害虫の一つとして問題になっていました。体長約2,5mmの小型 で、毒針はないものの、異常なまでの繁殖力があります。在来アリは一列にゆっくりと行進しますが、アルゼンチンアリは、帯状に密集して猛烈な速さで行進します。住宅を包囲し、屋内に侵入して食品に群がり、寝ている人の体を這います。とくに電気設備を好んで、不具合を起こすのです。著者は2005年に、学部4年生として研究室に配属されて、このアルゼンチンアリを研究テーマとし、今日までその生態を追いながら、駆除剤の開発に当たってきました。
アルゼンチンアリの三大厄災は、まず侵入地でさまざまな生物の生態系を破壊することです。多くの在来アリを数と勢いで圧倒し、駆逐してしまいます。甘い花蜜が好物で、ミツバチをも追い払い、花粉の運び屋が激減するのです。次に、一般のアリは種子を運んで巣に持ち帰る、種子散布行動をしますが、アルゼンチンアリは体が小さく、種子を運ばないために、種子散布が妨げられます。第三に、甘露を好むために、アブラムシやカイガラムシなどの植物害虫との共生効果を高めて増殖させ、農業被害を拡大しているのです。
アルゼンチンアリの特殊な生態は、原産地のパラナ川流域の氾濫原という、過酷な環境で鍛えられたことでした。独特のスーパーコロニーをつくり、その系統はコロニー間の敵対行動でわかります。著者は数回、現地調査しましたが治安は悪く、あるとき強盗に遭い、首を絞められて金品を奪われました。この原産地から世界に拡大したのは、1850年ころのことです。ポルトガルの領有で、まず中継地の大西洋モロッコ沖のマデイラ島に侵入し、猛烈な速さで世界に広がりました。著者は、ほぼすべての経路を訪れています。
アリ駆除方法では最近、画期的なハイドロジェルベイト剤が開発されました。糖蜜で誘い、遅効性なので、アリが巣に持ち帰って女王以下全員にうつし、コロニーを根絶させます。侵入直後、拡大しないうちが決め手で、各地の自治体が期待を寄せています。「了」
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